光蓮寺門信徒お申込の御案内

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みなさまのお寺をご一緒につくりませんか

現代のニーズにこたえる 光蓮寺ができることから

〜光蓮寺でしかできないこと~

菩提寺
(御先祖の供養をするお寺)をお探しの方

光蓮寺は門信徒様を募集しております。
お寺や墓地を持つと言う事はご先祖さまの供養に責任を持つと言う事です。 御先祖さまが安らぐ場所、仏様となった御先祖さまが皆様を見守る場所です。

御先祖さまをお守りしていく事は永年に渡るものでありお子様や末代まで続くものです。

光蓮寺では皆様、ご先祖様が安らぐ場所としてお寺の護持発展に努めております。

いつでも御見学はご自由です。
ご説明が必要な方は事前にご連絡下さい。

239  いまさらながら、南無阿弥陀仏とは不思議な言葉だ。阿弥陀が凡夫を救うという願いが名号の言葉の行為によって、アミダの願いと凡夫の幸せという救済が一つの言葉に実現して一人の人間を救う縁として聞名されることによって完全に実現しているのだ。

    アーメンもアッラーもそうかもしれないが、これほど完全無欠な真理の実現の自然な道理は人間にとって、ほかにはあるまいと思う。

 

240  法蔵菩薩の第20の本願「果遂の誓い」自力意識を離れられない私をいつまでも真実の念仏世界に帰らせる力に任せよということだが。これは、阿弥陀様の私に対する強烈で美しくもある純粋執着である。無我の世界に帰るしかない私を、自我意識にとどまろうとする私を切り離し、真実の自由な世界に帰らせようとする吸引力の表現である。

 

241  仏の計らいによって

    己(おのれ)から

    自らに

    ここに在ることを

    真実のアミダ仏の自由意思によるものを

本当の自己という

 

242  身も心もサイフも軽く

    それができない私

 

243  これだけ愚痴を言い、

    人を批判し続ける私を

    いつまでもあきらめない  

    阿弥陀様は可哀そう

 

244  世の中に踊らされて70年

    この先も同じことだと知らされた

    そんな踊らす世の中から

    踊らされない世界を見つけることができるのだから

    踊らす世界と私のウソッパチもまんざらじゃない

    ナンマンダブツナンマンダ

    

245  希望を打ち砕く最善の方法は

小さな希望を抱かせることだ

 

246  便利だと高くつく

    不便だと安い

    ホント?

 

247  阿弥陀様は行動する仏教のはしりだ。

 

248  人生は遠足だ。罪業のリュックを背負って、魂の故郷へ帰る一里塚だ

 

249  お金で買えない自由が本当の自由だと気が付くまではお金が必要だ。

 

250  自由とヒマとは違う。本当の自由とは、子供が何もないところでも喜んで遊んでいるように、どこでも生きてゆける人になることだ。

暇とは、世の中に踊らされて真の自由を求めるキッカケだ。 

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