年中行事予定

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お寺の新しい在り方について

お寺とは本来、現代のように法事や葬儀のみを中心に執り行うという場所だけではありませんでした。
「寺小屋」「駆け込み寺」という言葉が残るように、子供たちが集い、読み書きの勉強をしたり、境内で遊んだりと、いわば現在の学校でもあり、悩み事や揉め事があれば相談したり、その他にも現代における病院や介護施設、薬局、役所などの役割を担いつつ、人々の生活文化に溶け込み、生活になくてはならない場所でもありました。

当寺では、本来の「お寺の在り方」を見つめ直し、皆様と共に出偶い、共に歩んでいける寺院を目標に、年間を通じて様々な行事や催事を行っています。

是非どなた様も、お気軽にご参加ください。

光蓮寺 年中行事

修正会(お年始参り) しゅしょうえ 元旦

彼岸会(お彼岸) ひがんえ 春・秋


潅仏会(花まつり) /子ども大会 かんぶつえ 春


永代経法要/孟蘭盆会(お盆)えいたいきょうほうよう / うらぼんえ 夏


報恩講 /ほうおんこう 秋


初参式(乳幼児の初参り) しょさんしき ※希望者のみ


帰敬式(生前法名授与式) ききょうしき ※希望者のみ


毎月二十八日 定例法話会 

地域の皆様に楽しんでいただける行事を開催しています。
仏式行事以外にも、こども食堂・ママのためのヨガ・音楽会・講演会・写経など、年数会行事をおこなってまいります

 

171    アミダさんがくれたもの

満足

安心

充実

真実

平等

幸福

平和

みんな見えないものばかり

 

        阿弥陀さんがくれなかったもの

現金

名誉

健康

寿命

信用

みんな目に見えるようなものばかりだな、

俺は、この二つで生きている

 

172    お彼岸はこの世とあの世を繋ぐ架け橋だ。念仏一つで行ったり

来たりのナンマンダブツナンマンダ

 

173   信心をもらった後は生きながら死をもって生きているようなものだ。

だから、あの世の浄土へ往くときは、あっちの仕事だから、あっちにおまかせするしかないが、こっちの仕事は信心を深めて、ただ念仏を宣伝する仕事が残っているだけだ。

 

174     何を探しているの?

お金

健康

仕事

自分自身

幸福

本当にそうなの

本当は、それらがいらない世界を

探しているんじゃないの

 

175 311日にコーヒーを飲んだ客が

店主に有難うと言った 

コーヒーを店まで運んでくれた人に

店主が有難うと言った

立派に育ったコーヒーの木に農夫が有難うと言った

この有難うは、きっとあの世までつながっているんだな。

 

176       阿弥陀さんと力比べ

磁石のプラスとマイナスが反発するように

仏さんと阿弥陀さんは智被くほど反発が強くなる

それでも人が近づこうとすると、人の方のプラスがひっくり返ってアミダのプラスとくっついてしまう。

最初からマイナスだったら、すぐくっついてしまうのに、無理して自分の力を誇示するからしっぺ返しを食らってしまう。

阿弥陀さんの両面は完全無敵のプラスしかないんだよ。それは自分の力でぶつかって確かめるしかできないんだよ。

無理して勝とうとするから真理からの反発を受けてひっくり返されるんだよ。

かえされたまんまでピタッとくっついた証拠がナンマンダブツの音になって聞こえるんだよ。

 

177   きれいな水ばかり飲んでいると心を壊す。きたない水ばかりでは体を壊す。

 

178   人間に生まれてきたのは何の準備

学校に入るのは何の準備

仕事をするのは何の準備

一緒になるのは何の準備

年を取るのは何の準備

死ぬのは何の準備

仏様になるのは何の準備

 

179   いつまでも愛している

目標が達成するまで死ねない

世界平和のために尽力する

自然環境を守る

すべての人が救われるまで救い続ける

みんなできない約束ばかりだ

できない約束だからやり続けるのだ

 

180   私はどうして馬に生まれてきたのだろう

私はどうして魚に生まれてきたのだろう

私はどうして花に生まれてきたのだろう

私はどうして人間に生まれてきたのだろう

誰に聞いたら教えてくれるのだろう

 

181   物語とは、私やあっちこっちの生や死や人生の不可思議など人間のプラスやマイナスとの出会いや別れなど全てを言葉を媒介として、その国や個人の心の歴史を次世代に伝える人生と、自分自身を十分に楽しんだ全身的な伝承的でしかも人の口から口にしか伝わらぬ真心の伝言ゲームでもある。

 

182   親鸞聖人と同じ信心を賜るとは、親鸞の精神の根源を突き動かす普遍的な真理の智慧と慈悲の無量なるはたらきをこの身に得たと同じであると言わねばならない。心に頂くのではない。あくまでもこの身になのである。

 

183   殺した人の魂に殺された人の魂が移って生きる。

花を見た人に花の魂はたくまずして生きる。

生と死に満ち溢れている世界に生きているのだ。

 

184   無優樹・菩提樹・沙羅双樹はブッダの誕生と悟りと涅槃を象徴している樹だ。人間はこのブッタの樹のように生まれ、悟り、涅槃に成長する人間設計図をブッダからもらったようなものだ。

限りなき命と光の仏の悟りの種が大きく花を咲かせ、見えない念仏の種になったミダビールスが東に飛んで、私の心に飛び込んで今、念仏の花を咲かせています。その念仏にブッダの三本の樹が生きています。ナンマンダブツナンマンダ仏。 これが私まで咲くホントの花まつり。ブッダの生誕は昔じゃないよ、いつでもみんなの心に生まれてくるよ、ほんとだよ。

さあさ、咲かそう念仏の花を、咲かそう、咲かそう念仏の花を、これがホントの花見だ、わっしょい、わっしょいわっしょいしょい。

♪~ 咲いた、咲いたブッダの花が、咲いた、咲いた、赤・白・黄色、どの花見てもきれいだな。♪~

 

185 私より清らかな永遠の修業をしているアミダさんが私のために、命の全てをかけた誰でも称えやすく、保ちやすく、人間が本当の人間になる念仏を与えてくださったのに、一度もまともな修行もしたことがないのに、阿弥陀さんより偉いと考えている軽薄な私が、命もかけずに、念仏が分からないなどという傲慢な私がすくわれないとか、分からないなどといつも嘯いているのだ。

 

186                  幸福くらべ

私はあなたより金持ちだ     私はあなたより貧乏だ

私はあなたの家族より幸せだ   私の家族は不幸だ

私の人生は幸福でいっぱいだった   私の人生は不幸でいっぱいだった

本当はど

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